(質問)神が存在することを証明してください。
(答え)
神の存在の証明や実証のひとつは、人間は人間自身を創造しなかったということである。人間を創造し、造り出したものは、また別の存在なのである。
無力な被生物は、別の生存物を創造することができないゆえに、人間を創造したものは、人間とは異なることは明白かつ反駁(はんばく)し得ぬことである。
創造物が完全であり、創造者が不完全なことがありえようか?絵が名作でありながら、それを描いた画家自身が芸術において不完全でありえようか?それはその画家の芸術であり、創造物なのだから。さらに、絵は画家と異なる。もしそうでなければ、絵は自らを創り出したはずである。その絵がいかに完璧であれ、画家に比べれば、それは全くの不完全なのである。
依存的世界[1]は、不完全の源であり、神は完全性の起源なのである。依存的世界の不完全性はそれ自体、神の完全性の証拠なのである。
たとえば、人間を見る時、人間は弱い存在であることがわかる。この弱さそのものは、永遠にして全能なる『存在』の力の証拠のひとつなのである。なぜなら、もし力が存在しなければ、弱さというものは考えられないからである。それで、創造物の弱さは、神の力の証拠なのである。もし力が存在しなければ、弱さはありえず、したがって、この弱さという存在から、この世界には力が存在することが明らかとなるのである。また、依存的世界には、貧しさというものが存在する。貧しさというものがこの世には明らかである。ゆえに、豊かさというものも必ず存在するのである。依存的世界には、無知が存在する。それで、知識も必ず存在するのである。知識がなければ、無知も存在しないのである。無知とは、知識が存在しない状態なのである。存在というものがなければ、無存在もありえないのである。
全依存的世界は、さからうことのできない法則と規則に支配されていることは、明らかである。人間でさえも、死や睡眠やその他の条件によって影響を受ける。つまり、人間は、ある点において支配されており、この支配されているという状態は必ず、支配者の存在を意味するのである。依存的生存物の性質とはその依存状態にあり、それは不可欠な要素であるゆえに、独立性を不可欠とする独立的存在があらねばならないのである。
同じように、病気の人を見れば、健康な人が存在するはずだということがわかる。もし健康という状態が存在しなければ、病人の病気については証明できないのだから。
したがって、全ての完全性を持つ、永遠にして全能なる『存在』があることが明らかとなる。その『存在』があらゆる完全性を備えていなければ、それは、その創造物と同じ存在になるのだから。
生存の世界の至る所で、これは言えることである。最も小さい創造物も、創造者の存在を証明する。たとえば、このひときれのパンは、それを作った人の存在を証明するのである。
神に誉あれ!最も小さな物の中で生じた最小の変化でさえ、創造者の存在を証明するのである。それでは、この無限なる偉大な宇宙が、自らを創造し、物質や要素の作用により生じたなどありえようか?そのような仮定は明らかに誤りである!
...しかし、もし、内なる知覚力が目を覚ましたら、十万の明白な証拠が明らかとなるのである。このように、内在する精神を感じる時、人はその存在に関する論拠を必要とするのである。しかし、その精神の恩恵を得られない人々にとっては、外的な論拠を確立する必要があるのである。(アブドル・バハ:Some Answered Questions、pp5-6)