万国正義院

2000年レズワン

 

世界中のバハイへ

 

親愛なる友人たちよ

 

 今この「輝かしい祭典」をもって終結する世界的「計画」について、その開始以来の四年間がもたらした違いのすばらしさを目の当たりにし、我々の心は喜びに満たされ、感謝の念をもって万軍の主の御前にひれ伏します。この期間に達成された進歩は極めて目覚ましく、我々の世界共同体は、将来の偉業に対して明るい、新しい地平線をはっきりと見ることができる高さにまで達しました。

 

 量的な違いは主として、質的な違いによって生まれました。バハイ共同体の雰囲気は変わりました。この変化は各部の能力拡大、つまり、四年計画の三つの参加者である個人、機構、および地方共同体がその機能を系統的にこなすようになり、またその結果彼らの自信が深まっていることで明らかです。この能力は、友人たちが聖なる「教え」についての知識を系統的に深め、そこで得た知識を大業の普及に、また、個人や集団が行う活動の管理に、あるいは隣人たちとの作業にどのように応用すべきかについてこれまで以上に学習することによって高められました。友人たちは学びの姿勢を持つようになり、それが目的に叶った行動をとらせたのです。この変化は主に、世界中に急速に確立されたトレーニング・インスティチュートのシステムによって推進されました。この業績は、拡大と強化の分野で四年計画の唯一最大の遺産とみなされるものです。

 

 個人のイニシアチブの高まりに見られるように、信教を教え広める能力が個人の中に高まったこと、友人たちの努力を指導する能力が精神行政会、協議会や委員会の中に発展したこと、また、地方共同体全体に影響を及ぼす新しい考え方や姿勢を導入すること、これらすべての面で、トレーニング・インスティチュートのシステムは集団加入のプロセスの進行に不可欠であるということが実証されました。地方のスタディ・サークルを通してインスティチュートの運営が拡大されたことで、多くのインスティチュートは自分たちのプログラムを広い範囲に実施する能力を高めました。たとえば、モンゴルでは106のスタディ・サークルを設置し、その結果、新しい信者の数を大きく増やしました。この種の発展と同時に、我々の世界的な共同体のメンバーはまた、祈りの力を引き出すこと、聖なる言葉についての瞑想、祈祷会への参加が生み出す精神的利益に一層の注意を払いました。共同体の大きさの拡大は、これらの要素が作用して個人と集団の変革が強化されたことによるものです。新しい信者の数は、最近の増加数に比べるとそれをわずかに上回っているに過ぎませんが、この増加は地理的に広がりを見せていること、共同体のさまざまな部分にかかわっており、大業の生活の中に新しい加入者を溶け込ませるのに成功していることを見ると、大いに満足させられます。

 

 大陸顧問団機構による助言、協力、実践のおかげで信教の状況は極めて有利、かつ有望であります。そして、そのことはインスティチュートの設立と運営で一層強化され、また常に鋭敏である国際布教センターのもたらした的確な励ましによって拡大されました。

 

 四年計画の中心的課題である集団加入のプロセスの促進は、思考と行動の高度な統合を生み出しました。それは、形成時代中に達成されるべきバハイ共同体の進化の主要な段階に重きをおいています。と言うのは、集団加入がもっと広く持続されるようにならなければ、ショーギ・エフェンディがその書の中に約束されている大衆改宗の機が熟すことはないからです。四年計画の主題はバハイ活動のあらゆる部門に含まれ、それは個人、および集団による行動に必要とされること、すなわち、系統的で戦略的な計画作りを可能にするものについての明晰な理解を求めました。共同体のメンバーは、系統性がどれだけ成長と発展のプロセスに役立っているかを次第に理解するようになり、この認識の高まりは、ティーチング活動の高度化と共同体文化の変革に大きな一歩となりました。

 

 主題の統合は、計画作り、機構としての能力構築、人材開発のための努力に明らかでした。これらのすべてを繋ぎ合わせる糸は、四年計画の着手時から最終時点まではっきりしています。199512月、聖地で開かれた大陸顧問団の大会がその始まりでした。そこで大陸顧問は四年計画の特徴についてオリエンテーションを受け、それは彼らと全国精神行政会の協議による国レベルの計画作り、更に顧問補佐と地方精神行政会やその委員会を巻き込んだ地域レベルの計画作りにつながりました。このようにして、すべてのレベルでバハイ行政の要素が計画作りのプロセスに巻き込まれ、集団加入をうまく処理する機構の能力が、実践に先立って造られる必要がありました。これに関して二つの重要なステップが取られました。一つはトレーニング・インスティチュートの設置で、もう一つは地方と全国レベルの間の地域バハイ協議会を広く導入し、それを正式に設置することでした。この行政体は、全国精神行政会の抱える問題が複雑化する中で、必要に応じて、特定の共同体に行政的能力を強めようというものです。これら二つのステップと共に、集団加入のプロセスの本質的要素を調整するものとして、強化の重大な一部である社会経済開発の活動における戦術の強化と、信教を無名状態から脱出させるうえで重要な役を果たす渉外活動の強化がありました。これらの努力の組み合わせが顕著な結果を生み出しました。そのような成果を列挙するにはページ数が足りないほどですが、我々は、四年計画の達成の範囲を示すハイライトをここで述べたいと思うのです。

 

 聖地では、テラスとアークの建物の工事を決められた期限までに完了させるため、全力をあげて前進が図られました。この完成はグレゴリー暦の今年末となっています。更に、巡礼グループの拡大に関して我々が昨年のレズワン・メッセージで触れたハイファの建物は、このレズワンから使用の運びとなりました。また、巡礼やその他のバハイの訪問者、およびノン・バハイたちを収容するために必要に迫られてバージに建てられることになっている施設の建設計画が認可されました。

 

 バハオラの書物のうち、新たに翻訳・出版が期待されていたものは翻訳が終わり、目下出版の準備に入っています。

 

強化と拡大の進歩はすでに述べたもの以上に、パイオニア、宣布、文献の出版、芸術の使用、精神行政会の設立、バハイ学術研究会の活躍などと多彩です。この期間中に見た短期、および長期の国際パイオニアは3,300人にのぼります。以前はパイオニアを受けていた国の多くがパイオニアを送り出したことは、その国の共同体の成熟度が増したことを意味します。メンバーに示された任務に忠実に従ったカナダとアメリカの共同体は、自分たちの故郷を離れたパイオニアの数で、また、その数を上回る布教旅行者の数で抜きん出ています。それらの中に多くのユースが含まれていることも意義深いことです。殊に、アフリカへの布教旅行の呼びかけに対し、アメリカの中で減少しているアフリカ人バハイが勇気付けられる反応を示したことは注目に値します。

 

 大業の宣布においては様々な活動や催しー記念日、記念祭、ディスカッション・サークル、展示会などーを通じて大勢の人々が信教の教えを知ることができました。各々の礼拝堂はますます多くの方々を引き付ける力を発揮しました。特にインドにおいては享年の一年間で500万人もの人々が礼拝堂を訪れました。そのような活動に加えて、マスコミを通じて多様な形でバハイのメッセージを伝えることができました。アメリカ合衆国では、全国ティーチング委員会が考案したメディア・キャンペーンによって、60,000人から問い合わせが来ました。世界的には、以前にも増して、またバハイ側の働きかけなしで多くの新聞や雑誌などがバハイに対して好意的な記事を掲載し、信教に対する知識が広められました。同様にますます多くのラジオやテレビ局がバハイの番組を定期的に放送することによってバハイの情報が広く伝わるようになりました。これはコンゴ共和国やリベリアで特に目立ちました。このような有り難い動きを最後に飾ったものは、国際のマスコミが2000年になるときの記念番組の聖地からの放送をバブの社とテラスから行ったことでした。

 

世界のバハイ共同体の宣布、ティーチング、強化と礼拝において、芸術を利用することが重要な特徴となりました。芸術は若者を引き付け、特に世界各地で活躍しているダンスワークショップやドラマワークショップはティーチングとディ−プニング(学習)活動に生かされています。しかし芸術の応用は歌や踊りに留まらず、バハイの信念を強めるような、想像力に富む幅広い活動を含むようになりました。民俗芸術が生かされた地域においてはティーチング活動が大きく前進しました。アフリカにおいてこれは特に目立ちました。例えば、芸術をティーチングに応用するためにガーナとリベリアはそれぞれ『和合の光』というプロジェクトを始めました。インドでは、「共同和合の会」も同様の目的で開設されました。

 

主に大陸顧問の勧めで、また大陸基金の援助によって、特にアジアとアフリカ地域においてバハイ文献の翻訳と出版が大分前進しました。さらに、「アグダスの書」がアラビア語を始め、その他多数の言語で出版されました。

 

1997年度から、地方精神行政会の選挙をレズワンの最初の日に限定することになりました。予想した通り地精会の数がそれで多少減少しましたが、急激な減少はありませんでした。その後、地精会の数が安定し、きちんと機能する方向に進んでいます。万国正義院を支える柱である全国精神行政会がさらに八ヶ国誕生しました。これで全国精神行政会の総数は181となりました。

 

この四年間バハイの学術的な活動が勢いを増して前進したことは特に賞賛に価します。このような活動は大業の活動の知的な基盤を支えるという極めて重要な役割を果たすものです。その活動によって二つの貴重な結果を挙げることができます。一つはバハイ文献がとても豊富になったことと、もう一つはバハイの観点から見た、様々な現代問題を照らす多くの論文が作成されたことです。4年計画中バハイ学術協会のネットワークには新しく五つの協会が加わりました。この分野における活動の豊かな想像性と多様性を明らかに示す例としては、パプアニューギニアにおける第一回のバハイ学術協会の大会が開催されたことと、日本のバハイ学術研究会が日本の従来の学問の精神的な原点に焦点を合わせた、草分け的な活動を挙げることができます。

 

社会経済開発の分野においては質的な進歩が目立ちましたが、プロジェクトの数も著しく増加しています。計画を開始した時点で、社会経済開発のための活動は年間1350でしたが、計画終了前は年間1800以上に増えました。この期間中の主な特徴は、もっときちんと組織立ったやり方を導入するための努力でした。社会経済開発の原則に基づいた協議と活動を促進するために、バハイ世界本部の社会経済開発局が13の地域セミナーを開催し、60ヶ国の約700人の代表がそれらに参加しました。同局はまたいくつかのパイロットプロジェクトを企画し、ユースの能力を高める及びユースの識字を促進する、地域共同体の医療スタッフを訓練する、女性の地位向上、道徳教育のためのキャンペーンに必要な資料等を作成しました。いくつかの例を紹介すると、ガイアナでは1500人の識字教育者を訓練しました、またマレーシアでは女性の向上を進めるための訓練プログラムを八部構成で作成し、それに基づいてアフリカ、アジアと中南米でコースが実施されました。パナマのギエミ地区においてはバハイラジオをインスティチュート活動に利用する計画が開始されました。このような人材開発インスティチュートは社会経済開発のための人材を生み出す可能性も持っているので、12個の研修センターがその方向性で識字運動、地域共同体の医療スタッフの訓練、職業訓練等のための実験的プログラムを実施しています。バハイ直下の機関及びバハイの教えに刺激され個人的に作られたいくつかの機関がいろいろなプロジェクトに精を出しています。一例としてカメルーンにおけるriver blindnessという難病と戦うためのバハイプロジェクトを通じて3万人が必要な薬を手に入れています。このプロジェクトには世界保健機関(WHO)も関わりました。もう一つの例はエチオピアで私立のユニティ−大学であり、その生徒数は8000人にも達しました。また、スイスのランデッグアカデミーはその教育プログラムの拡大と強化を勤めながら、バルカン地方の紛争によって生み出された恐ろしい社会問題の解決に高く評価された貢献もしました。さらに一つは、ボリビアのヌール大学です。エクアドルと共同でモラルリーダーシップ・プログラムを実施し、1000人以上の教師が参加しました。社会経済開発の分野においては我が共同体の能力がこうして向上したことが4年計画の目的の達成に大きく貢献しました。

 

1994年すべての全国精神行政会に伝えられた渉外活動の戦略方針に導かれて、バハイ共同体の外務活動や広報活動の能力も驚くべきペースで前進しました。その結果、バハイ共同体は国連、諸々の政府、非正府団体(NGO)とマスコミの間に精力的な関係が生まれました。その戦略は国際的及び国内の活動を二つの重要な目標に焦点を合わせることでした。その一つは、世界平和に向けるプロセスに影響を与えることと、一方は大業を守ることです。イランの親愛なるバハイ仲間たちを守るためにバハイ国際共同体が講じた手段はさらに高い評価と支持を得られ、その他の渉外活動を追求する機会をも生み出しました。イランにおける解決し難い問題に応えるために、バハイの機構や外務活動を担当する機関がいろいろな新しい方法で国連や諸政府の関係機関に協力を求めました。イランにおけるバハイの迫害は地球の最高レベルの統治者の注目を集めました。イランの裁判所が二人のバハイの死刑判決を確定したことと、もう一人のバハイに新たに死刑判決を下したニュースが報道されるとアメリカ合衆国の大統領がそれらの判決を厳しく非難し、イランに対してはっきりした忠告を与えました。世界の統治者と国連の働きかけの結果、イランのバハイの死刑が実質的に中止され、長期的な実刑判決の受刑者の数も大幅に減少しました。

 

上記のような協力を歓迎しながらも、このような努力に効力を授けてくれたイランの同胞の男女の自己犠牲、堪忍と不屈な精神を賞賛すべきです。意地の悪い、執拗な攻撃に耐える忍耐力を生み出したバハイの人々の明らかな精神的特徴は同国の人々を驚かせています。そのような精神を示さなければ、それほど多くの敵にこれほど長い間立ち向かうことがどうしてできたでしょうか?さもなければ、たった一人の仲間が死刑の危険性にさらされてどうして全世界の積極的な感心を引き寄せることができたでしょうか? イランの悲劇は、これらの迫害された人たちが財産、いや命をさえも犠牲にしたための神聖な原則には、不満を募らせる一方の同国民の望みをかなえる解決策が秘められていることを加害者側はまだ気づいていないことです。しかし、イランの友らが組織的に受けてきた残虐行為が最終的には「全能なる力」の神秘的な導きによって、約束された、栄光に満ちた運命に必ず到達することに疑いはありません。

 

渉外活動のもう一つの目的に対して、活動は四つのテーマに沿って進められました:人権、女性の地位向上、地球の繁栄と道徳向上。我々の記録によると、人権と女性の地位向上においては大きな前進がありました。前者につきましてはバハイのバハイ国連事務局が想像力に富む人権教育プログラムを実施し、99以上の全国精神行政会がそれによって外交的活動を行う能力が高められました。女性の地位については、バハオラの信奉者が徹底的に男女平等を促進している証拠がたくさんあります。女性の地位向上を進める全国事務局が52カ国に設立され、多数のバハイの男女がすべてのレベルにおいて会議とワークショップに貢献していること、国連の女性開発基金など、主要なNGO委員会においてにおける重要な委員会にバハイの代表が重要なポストに任命されている、などを挙げることができます。

 

これらの活動と同時に、様々な手段でバハイに対する情報を多くの一般市民に伝えています。新しい手段の一つは「バハイワールド」(The Baha’i World)というウエブサイトを開設しましたことです。毎月すでに25,000の人がそれを見ています。それから現代問題について話す時に役に立つ「未来を書くのは誰か」という小冊子を出版しました。また去年の11月から、ワシントン市で毎週一時間放送されているペルシャ語のラジオ番組「パヤメ・ヅースト」が世界的ウェブサイトに乗せられ、インターネットを通じていつでも聞くことができるようになりました。そして日常生活における問題に道徳的な原則を応用させる、非常に想像力に富むテレビ番組がアルバニア、ボスニアーヘルツェゴビナ、ブルガリア、スロベニア、そして元ユーゴスラビアのマケドニアの各々の政府の高い評価を得ています。

 

 世紀の終りとともに勢力を増してきた現象の一つは、世界中の人々が「市民社会の諸組織」を通じて自分たちの抱負や希望を表現するようになっていることです。人類の横のつながりを代表するNGOのバハイ国際共同体が、人類の未来を形作る重要な論議の場において、調和をもたらす機関として信頼を得ていることは各地のバハイに大きな喜びを与えるものです。国際連合に対するバハイの主な代表が、経済社会理事会が設立したNGO委員会の共同議長に任命され、それによりバハイ国際共同体は、来るミレニアム・フォーラムの準備において指導的役割を担うこととなりました。国連事務総長コーフィ・アナン氏の呼びかけで5月に開催を予定されるこのフォーラムは、地球規模の課題に関する種々の見解や提言をまとめる機会を様々な市民組織や団体に与えるものです。ここでまとめられた見解は、今年9月に各国の元首や政府の長が一堂に会して行われるミレニアム・サミットに提示されます。

 

 人類は世界で起こっている変革の精神的側面に目覚めつつありますが、それはバハイにとって意義深いことです。宗教間の対話が強化されています。宗教間対話の認知された参加者であるバハイ信教は、四年計画の期間中、これまで以上にこのような活動に関与してきました。昨年12月、6、000人の参加者を集めてケープタウンで催された世界宗教会議もその一例です。バハイは強力な代表団を送り込むと共に、同会議の南アフリカ及び国際理事会メンバーとして大会の準備に活躍しました。西洋諸国においてバハオラの名が初めて公の場で語られたのは、1893年に開催された同会議のシカゴ大会でした。このことも、この会議に対するバハイの関心を特に深いものとしました。昨年11月にヨルダンで開かれた「中東における対立と宗教を考える会議」、および「宗教と平和に関する世界大会」の年次大会という二つの行事にもバハイは招待され、参加しました。バチカンとニューデリーにおけるローマカトリック教会主催の催しにも、バハイの代表が参加し、ローマ法皇ヨハネ・パウロ二世が列席したニューデリーのイベントでは、大陸顧問のジナ・ソラブジェ女史が参加した各宗教の代表の一人として講演しています。英国では、新しい千年期を祝う宗教人会議に他の八つの主要宗教とともにバハイの代表が参加し、脚光を浴びました。このお祝いはウエストミンスター宮殿のローヤル・ギャラリーで催され、王室の方々、総理大臣、カンタベリー大司教を始め、多くの著名人が参列しています。その中でこの会合は、「英国における九つの主要宗教」の集りと称されました。ドイツでは、宗教間対話にバハイが初めて参加することができました。このことは、1981年にある聖約の破壊者の著書をルーテル教会の出版社が発行して以来、長年、バハイとの接触を避けてきたキリスト教諸派がバハイに対する態度を変えたことを意味しており、ドイツのバハイ共同体にとって大きな勝利でした。改善のきっかけとなったのは三名のバハイが共同で執筆した学術的な反論です。1995年にドイツの一流出版社によって発行された600ページにおよぶこの論文は、四年計画の最終年に英訳版が出版されました。さらにバハイは、1998年に世界銀行と主要な九つの宗教の代表たちがランベス宮殿に集まって結成会議を持った「開発のための世界宗教者間対話」という異色の宗教間活動にも参加しました。この「対話」の目標は、信仰を基盤にしたこれらの共同体と世界銀行の隔たりをなくすことによって、世界の貧困問題の克服により効果的に、協力して取り組むことです。このような宗教間会議は、その頻度と範囲の広さにおいて、今までにない宗教間の関係を表わしています。他宗教の信奉者に対する友好と融和の精神はバハオラがバハイたちに強く求めたことですが、明らかに、これらの共同体の多くはそれを実行しようとしているのです。

 

 この四年間にバハイ共同体の全努力を集中していた時、一般社会は利害衝突の激流との取っ組み合いをしていました。バハイ共同体内部に作用している力と、世界中に作用している力は、この短く、極めてダイナミックな期間中に容赦なく加速されました。それが通り抜けた後には、ショーギ・エフェンディが言及していた社会現象が今まで以上にはっきりした形で現れています。ショーギ・エフェンディは今から60年以上も前に、「台頭と衰退、統合と崩壊、秩序とカオスの同時進行のプロセスと、それらの連続的相互反応」に注意を喚起されたのです。これら一対をなすプロセスは、バハイ共同体に特有のプロセスから隔離された形で進行したのではなく、上に示したように、時にはバハイの直接的参加を誘発しながら前進しました。これらのプロセスは、同じ時間を共有しながらも、全く逆方向に向かって走っているように見えました。一方では、宗教、政治、人種、あるいは部族間の対立に挑発された戦争が、世界の40箇所ほどで今も続いています。いくつかの国は、突然訪れた市民生活面の秩序の完全な崩壊によって麻痺状態に陥っており、政治的武器としてのテロが蔓延しており、国際的犯罪組織の急増は恐怖をもたらしています。しかし、他方では、平和維持のためのバハオラの処方箋の一つを思い起こさせる集団安全保障的手法の実施と発展が熱心に試みられています。その他にもバハイの期待と合致するような国際刑事裁判所の設立への呼びかけがなされました。各国の指導者たちは、地球規模の課題に取り組む十分なシステムが今や不可欠であるということを強調するためにミレニアム・サミットに集合します。新しい通信手段の登場で、世界の誰とでもコミュニケーションができます。アジアにおける経済崩壊は世界経済の安定を脅かすものでしたが、この危機は、現状を改善し、公正な国際貿易や金融を確立するための努力を促しました。現在互いに作用し合っている対照的な二つの傾向を示すこのような例はたくさんあります。しかしいずれも、「人類の統合と平和を最終目的とした」神の偉大な計画の中で作用している力についてのショーギ・エフェンディの霊感溢れる要約の正しさを確認するものです。

 

 多くの事があったこの四年間の終了と時を合わせて、我々は西暦とバハイ暦の中の終わりと始まりが収束する重大な時点に到達しています。この収束は、一方では20世紀を終わらせるもので、他方では、バハイの形成時代の新しい段階を開くものです。時の流れの中のこれらの二コマは我々に特別な視点を提供し、それは世界を形作っている同時進行の動きに関するビジョンを考察させます。そしてこの考察は、ショーギ・エフェンディがアーク考案に際して極めて鮮明に描いた洞察の枠組みの中で行われるべきものです。このビジョンは、四年計画の期間中、カルメル山の建設プロジェクトが前進し、世界の政治的平和を支える構造を確立するために世界の指導者たちが果敢に行動し、地方および全国レベルのバハイ機構がその進化の新しい段階に進む中で、その輝きを鮮明にしました。20世紀から引き継がれる神聖で永続する記憶によって我々は奮起させられ、進むべき道は定められます。その記憶は人類史の決定的瞬間の数々を飾るものであり、そこには、その在任中に新しい世界秩序の構造の設計に当たられたバハオラの聖約の中心の、他に例を見ない時があり、その後には最も破滅的な年代を通じてバハイ行政制度の構築に全エネルギーを注がれた信教の守護者の時期があります。そしてこの世紀の終りに、その行政制度は、全体像の基本を世界に提示するに至りました。このようにして、我々は時をつなぐ橋に差しかかっています。バハオラの愛に酔いしれた一握りの人々による奮闘と自己犠牲の世紀を通じて開発された能力は、今や、残された形成時代に不可避の課題に注がれなければなりません。形成時代の数々の段階を通じて継続させていく努力だけが、バハイ信教を黄金時代に導くものであり、信教の黄金時代には最大平和が地球上を覆うのです。

 

 我々はこのレズワンに「12ヵ月計画」を開始します。この計画は短期計画とは言え、いくつかの重要な任務を完成させ、更に、師の示された「聖なる計画」のこれからの20年の基礎を敷くものとして十分であるし、十分でなければなりません。4年前に最大の注意をもって開始された事業、すなわち奉仕のための知識、資質、技術を系統立って習得させる事業は増強されねばなりません。世界各地のあらゆる国および地域のインスティチュートは、各自が採用したプログラムやシステムをフルに作動させ、必要に応じて新しいインスティチュートを設立しなければなりません。布教活動は個人のイニシアチブによるものであれ、また機構の指揮によるものであれ、一層組織立った取り組みとしなければなりません。大陸顧問と全国精神行政会が各大陸のいくつかの場所で行っている「地域成長プログラム」の目的の一つはここにあります。そこで得られた結果は将来の計画に役立つ数々の経験を提供するでしょう。個人・機構・地域共同体の三者はこれらの基本的任務に注意を集中させるよう求められます。それは、集団加入のプロセス促進においてバハイ世界を次なる段階に導く計画、すなわち、2001年のレズワンに船出する五年計画への準備を完璧にするものです。

 

 しかし、これらの任務に注意を向けると同時に、切迫した挑戦が目前にあります。我々の子供たちは精神的に養育され、大業の生活に融和させられなければなりません。子供たちを、これほど多くの道徳的危険をはらんだ世界の潮流に放任してはならないのです。現在の社会は、子供たちに残酷な運命を押しつけています。何千、何百万もの子供たちが社会で行き場をなくしており、この状況は国から国へ広まっています。豊かさの中にあっても、また、貧困にあっても、子供たちは親や大人たちから疎外されています。この疎外の源泉は物質主義より生まれる利己主義です。これは、あらゆる国の人々の心を掴んではなさない無神論の中核をなすものです。社会的に居場所をなくした子供たちの姿は、社会の衰退の動かぬ証拠です。そして、この状況は特定の人種、階層、国家、経済状況の中だけにあるものではなく、すべてにまたがるものです。世界の多くの地域において子供たちは兵士として駆り出され、労働者として搾取され、実質的に奴隷として売られ、売春を強いられ、ポルノの被写体とされ、自分の欲望に溺れる親たちに見捨てられるなど、数え切れないほど多種多様な被害を被っており、その姿に我々の心は痛みます。これらがもたらす精神的、心理的打撃は想像を絶するものです。我々の世界共同体もこの影響から逃れることはできないのです。この認識は、子供たちとその将来のための緊急、かつ継続的な努力を我々に促します。

 

 子供に関する活動は過去の計画にも盛り込まれていましたが、それらは不十分なものでした。子供とジュニア・ユースの精神的教育は共同体の発展にとって最も重要な意味を持ちます。従って、この不足は何としても是正されねばなりません。インスティチュートには、地域共同体に奉仕できる子供クラス教師の訓練プログラムが必ず含まれるべきです。子供たちに精神的および学術的教育を施すことは重要ですが、これらは子供たちの人格を育成し、個性を方向づけるに必要な要素の一部でしかないのです。個人や機構、つまり、共同体全体が一体となって適切な態度で子供たちに接し、彼らの福利に関心を持つ必要があります。この態度は、急激に衰退している秩序の中で見られるものとはかけ離れたものでなければなりません。

 

 子供たちは、共同体が所有する最も貴重な宝です。将来の希望と保障は子供たちと共にあるのです。将来の社会がどのような性質のものになるか、その種は子供たちが持っています。社会の性質は、共同体の大人たちが子供たちに対して行なうこと、もしくは、怠ることによって概ね決定されます。いかなる共同体も、子供という信託を無視して無事ではあり得ないのです。大人が子供たちに示すもの、すなわち、すべてを包み込む愛情、接し方、配慮の内容、言動に含まれる精神、これらはすべて必要とされる態度の重要な要素です。愛情には仕付けが必要で、子供たちを困難に慣れさせる勇気が求められます。子供の気紛れのすべてを満足させ、意のままにさせるのが愛情ではないのです。子供たちが共同体の一員であるという意識を持ち、その目的を共有するような環境を維持しなければなりません。子供たちがバハイの規範に沿って生活し、各々の置かれた状況の中で大業について学び、布教するよう、愛情を込めて、執拗に導き続けなければなりません。

 

 共同体には、12歳から15歳の間のいわゆるジュニア・ユースがいます。幼年期と青年期の狭間で多くの変化を経験するこの年代は、特有のニーズを有する特別な年代層を形成します。彼らの関心を引き、布教と奉仕のための彼らの能力を形成させ、年上の青年たちとの交流を促す活動に彼らを組み入れるための独創的な配慮が要求されます。これらの活動に様々な芸術を取り入れることは大いに効果があります。

 

 次に、子供たちの養育に最大の責任を持つ親たちに言葉を向けたいと思います。我々は子供たちの精神的教育に不断の取り組みをするよう親たちに訴えます。一部の親は、この責任はすべて共同体にあると考えているようです。また、真理の独立探究を子供たちに保障するために、子供にバハイについて教えない方がよいと思っている親もいます。更に、自分は子供の精神的教育に責任を持つにふさわしくないと自らを卑下する親もいます。これらはすべて誤りです。親愛なる師は次のように言っておられます。「父親と母親には娘や息子たちを教育するためあらゆる努力をする義務がある。」そして、「このことを怠るならば、彼らは厳しい主の御前において責任を問われ、非難されるであろう。」と補足されています。親は、自分の教育レベルに関係なく、自分たちの子供の精神的発展を形づける非常に重要な立場にあるのです。親は子供の道徳的性質を育てあげる自らの能力を決して過小評価してはなりません。神を愛し、神の法に従って生きようと努力し、神の大業への奉仕の精神に支えられ、狂信的態度を避け、陰口のない、すなわちそれがもたらす破壊的影響のない家庭環境を築き上げようと努めることによって、親は子供に不可欠な影響を及ぼしているのです。バハイの教えでは、親に対する子供の自発的従順が非常に高く評価されていますが、祝福された美を信奉するすべての親は、子供が自然にそうできるような言動を自ら示す義務を有します。無論、家庭での様々な努力に加え、親たちは共同体の提供するバハイ子供クラスも支持しなければなりません。今日、子供たちが生きる世界は、絶えず彼らに厳しい現実を突きつけていることを忘れてはなりません。子供たちは、上記のような恐怖に満ちた経験を直接もたなくても、メディアの避け難い洪水にさらされています。こうして多くの子供は、余りにも早い成熟を強いられており、その中には、自分の生き方を導く基準や規律を求めている子供が含まれています。この退廃的な社会の憂鬱な背景に抗して、バハイの子供たちはより良い未来の象徴として輝かねばならないのです。

 

 我々は、2001年の1月、国際布教センターが神の丘に築かれたその恒久的なセンターに移るのを祝して大陸顧問たちが聖地に集うのを心待ちにしています。世界中の顧問補佐も共に参加するこの集会は、形成時代の歴史に残る出来事の一つとなるのは間違いありません。バハイの役員が星座のごとく集うこと自体、次の計画の終わりと、新たな計画の出発点を間近にした共同体に、言い尽くすことのできない多くの恩恵を提供するものとなるでしょう。その意義に思いを巡らせる時、我々は、聖地に常駐し、守護者がその心に灯した奉仕の炎を高く掲げつづける最愛なる大業の翼成者アリ・アクバル・フルタン氏と、アリ・モハメド・ヴァルガ氏に対する感謝の思いで一杯です。

 

 12ヵ月計画をもって我々は、二度と戻ることのない橋を渡ります。この計画の船出を迎える時、アマトル・バハ・ルヒヤ・カヌーンは最早この地上にはいらっしゃいません。彼女は、人類史上類を見ない時期を通じて輝き続けた一本の光明のように、20世紀の事実上の終りまで私たちと共におられました。アブドル・バハは聖なる計画の書簡の中で、自分が世界中を旅して神聖なる呼びかけを伝えることができなかったことを嘆いておられます。そして、その失望の中で彼は、「汝らがそれを成し遂げることができるよう、神に嘆願する。」と言う希望の言葉を記されました。アマトル・バハは限りないエネルギーをもってこの呼びかけに応え、地球上の185ヵ国を訪問し、多くの遠隔の地に彼女の無類の賜物を提供されました。彼女のこの模範は永遠に輝き続け、地球上の幾千万の人々の心を照らすことでありましょう。ここに、今計画における我々の謙虚な努力を、布教を生涯の最大の目的、生きることの最高の喜びとされた方への追悼として捧げようではありませんか。たとえ、いかなる表現も我々の気持ちを表すに十分とは言えないにしても。

 

署名 万国正義院