巡礼に関する引用文

 

聖なる場所は疑いなく聖なる恩寵のほとばしりの中心である。なぜならば、殉教者や聖なる魂らと関連する場所に入り、心身ともに敬意を示すことにより、心は感受性で動かされるからである。(アブドル・バハの書簡よ

り)

 

おお御国の布告者よ!神に感謝せよ。なぜならば、汝は「祝福された地点」を訪れ、聖廟の敷居に頭をつけ、精神的領域の住人らが崇敬に周りを回る聖域への巡礼を果たしたからである。汝は慈悲深き御方の会合に入ることを許され、アブドル・バハとの霊的交わりを果たした。汝は完全なる親睦と幸福のうちに日々を過ごし、その後帰国を許された...それにより汝が、御国への奉仕に従事し、人々を天の和合に導き、万軍の主のもとに先導せんがために。(アブドル・バハの書簡より)

 

おお「聖なる塵」の巡礼者よ!もっとも栄光に満ちた主なる神に大いに感謝せよ。なぜならば、主は汝をこの道に導き、全知者の聖域に入ることを可能ならしめ給うたゆえに。また、主は、恵み深きご好意のもとに汝を加護し、神の選ばれし者らの望みと願いを得ることを可能ならしめ給うたからである。(アブドル・バハの書簡より)

 

敬慕する大業を教え広めるあなたの努力が最大の成功を収められるよう、私は心から願っております。また、あなたがいつか聖地への巡礼を果たし、バハイの聖廟を訪れることにより、信教の使命と意義についてより明確なビジョンを得られるだろうと信じております。(ショーギ・エフェンディの肉筆による追伸より)

 

聖廟を訪れて帰ってきたばかりの巡礼者と接触すると、行政会は新しい生命力と精神を得ます。巡礼者は、聖なる敷居にひざまずき、祈りと瞑想に浸されている間に得た精神の一部を、出会う人たちに放散することができます。(ショーギ・エフェンディの代理による手紙より)

 

彼(守護者)は、あなたが聖地を訪問され、光明に満ちた聖廟の敷地内であなたと親睦を深められたことは、この上ない喜びであったとおっしゃっておられます。この巡礼を果たし、天上の群集がその周りを回る地点であるアブハの美の聖なる敷居、そしてバブの廟とアブドル・バハの廟で援助と恩寵を乞う祈りを捧げた後、あなたがよりすぐれた栄光に満ちた奉仕を捧げる特権を与えられることは間違いありません。(ショーギ・エフェンディの代理による手紙より)

 

 

ローへ・カルメル(カルメルの書簡)

   この日に賛美あれ。この日こそは、慈悲の芳香が全創物の上を漂った日であり、過ぎ去ったいかなる時代も及ぶことのできない日、そして日の老いたる御方の御 顔が彼の聖なる座へ向けられた日である。ここに全創造物の、そしてその彼方からは天上の群集の高らかに叫ぶ声が聞かれた。「急げ、おおカルメルよ。見よ、 名の王国の統治者にして天の造物主なる神の御顔の光は汝の上に投げかけられた故に。」

  歓喜に我を忘れ、カルメルは声高らかに叫んだ。「私の命があなたへの犠牲とならんことを。なぜなら、あなたは私を見つめ、あなたの恩恵を授け給い、あなた の歩みを私の方へ向け給うたが故に。おお、永遠の生命の源なる御方よ、あなたからの隔離で私はもはや焼き尽くされ、あなたのおそばから遠く離れることによ り私の魂は焼き尽くされてしまいました。あなたに賛美あれ。なんとなれば、あなたの呼び声に私の耳を傾けさせ、あなたの足音で私に栄誉を授け、あなたの日 から漂う生命を与える芳香と、あなたの民の間であなたのラッパの音と定め給うたあなたのペンのかん高い声により、私の魂を活気づけ給いました故に。そし て、あなたの抵抗できない信教の啓示の時がやって来ると、あなたはあなたの精神の息吹をそのペンに吹き込まれました。すると、見よ、全創造はまさにその基 盤より揺り動かされ、全創造物の所有者なる御方の宝庫に隠されていた神秘は人類に明かされたのです」。

  カルメルの声がその最も崇高なる場所へ届くやいなや、我はこう応えた。「汝の主に感謝せよ、おおカルメルよ。わが存在の海が汝の面前でうねり、汝の眼と全 創造の眼を慰め、全ての見えるものと見えないものを喜びで満たした時、我よりの隔離の炎は汝を焼き尽くしつつあった。この日、神は汝の上に神の玉座を確立 し、汝を神の印の黎明の場となし、神の啓示の証拠の曙となし給うた。それ故、大いに喜べ。汝の周りを巡り、汝の栄光の啓示を宣言し、汝の主なる神より汝に 与えられた、溢れんばかりの恩恵について述べる者は幸いである。栄光に満ち給う汝の主の名において不滅の聖杯をつかみ、主に感謝せよ。なぜなら、主は汝へ の慈悲の印として汝の悲しみを喜びに変え、汝の嘆きを転じて至上の歓喜へとなし給うたのであるから。まことに主は、御自身の玉座を据え、主の足が踏み入れ られ、主の来訪によって栄誉を与えられ、主が呼び声をとどろかせ、主が涙を流し給いしこの地を愛される。

 「おお、カルメルよ、シオンに 呼びかけ、吉報を告げよ。人類の目から隠されていた御方は今や出現した!すべてを征服する彼の主権は現され、すべてを包みこむ彼の光輝は明示された。ため らったり、立ち止まったりすることなきよう注意せよ。急ぎ行きて、天より降りてきた神の都の周りを駆け巡れ。この神の都とは、神の寵愛を受けた人々、心清 き人々、そして最も崇高なる天使の集合が崇敬にその周囲をかけ巡った天のカーバである。おお、この啓示の吉報を地上のあらゆる場で告げ、その一つ一つの都 市にあまねく伝えることを我は切に願う。この啓示にシナイの心は魅惑され、この啓示の名において燃える柴は こう叫んでいる。「天と地の王国は、主の中の主におわす神に属す。」まことにこの日こそは地と海とがこの吉報に歓喜する日である。そして、人間の知性や心 の理解力を超える恩恵をもって神が啓示のために定め給うたものは、この日のために蓄えられてきたのである。やがて神は、汝の上に神の箱舟を走らせ、名称の書で述べられたバハの人々を現されるであろう」。

  全人類の主は神聖なり。主の名が述べられるやいなや、地上のすべての原子は震動し、壮大なる舌は、主の知識に包まれ、主の威力の宝庫に隠されていたものを 明かされたのである。まことに彼こそは、強大にして力に満ち、最も高遠なるその御名の力によって天と地にある全てのものを統治し給う御方なり。


 

「狼の息子への書簡」からの抜粋

(アッカに関するイスラム教の伝承)

 

ここで、祝福された栄誉ある町アッカについて記された伝承を述べることが必要と思われる。それにより、おおハディよ、汝が神へと続く真理の道を求めんがために。

 

憐れみ深く、慈悲深き御方なる神の御名において

 

アッカとその海そしてアッカにあるアイヌル・バカル(牛の泉)の真価について次のように記されている。

アブドウ・サラムの息子アブドル・アジーズは預言者−神の祝福とその挨拶が彼の上にあらんことを−が次のようにおっしゃったと我々に述べている:「アッカはシリアにある町で、神はこの町に特別の慈悲を示し給うた」。

イブネ・マスード−神が彼をお気に入りとされますように−はこう述べている:「預言者−神の祝福とその挨拶が彼の上にあらんことを−はこうおっしゃった:『すべての海岸のうち最高のものはアシュケロンの海岸である。そしてアッカはまことに、アシュケロンよりもすばらしく、アッカの真価がアシュケロンとその他すべての海岸のそれよりも優れていることは、ムハムマドの真価が他のすべての預言者のそれよりも優れているのと同じである。我は、シリアの二つの山の間にある町の知らせを伝える。それは牧草地の真ん中にあるアッカという町である。まことに、その町を切望し、訪問したいと願って訪れる者には、神はその者の罪を許し給う、過去と未来の両方の罪を。そして巡礼者以外としてその町を出る者について、神はその出発を祝福されない。そこには、牛の泉という泉がある。そこから取って飲む者には、神はその心を光で満たし、復活の日の最大の恐怖から守り給う。

マリク−神が彼をお気に入りとされますように−の息子アナスはこう述べている:「預言者−神の祝福とその挨拶が彼の上にあらんことを−はこうおっしゃった:『海岸沿いに町がある。玉座の下に吊り下げられたアッカという町である。崇高なる方におわす神の報いを待って確固不動としてそこに住む者には、神は復活の日まで、償いを書き記し給うであろう。それは、忍耐強くあり、立ち上がり、神の前にひざまずき、ひれ伏した者らの償いである。

そして彼−神の祝福とその挨拶が彼の上にあらんことを−はこうおっしゃった:「我は汝に白い海岸沿いの町について告げる。その白さは、崇高なる方、神のお気に入りである。それはアッカと呼ばれている。その町で一匹の蚤に噛まれる者は、神の目においては、神の道において大きな痛手を被る者よりも良い。またその町で祈りの呼び声を上げるならば、その声は楽園に届くであろう。その町において、敵の前で7日間滞在する者を、神はケズル−彼に平穏あれ−と共に呼び寄せ、復活の日の最大の恐怖から彼をお守りになろう。」そして彼−崇高なる方、神の祝福とその挨拶が彼の上にあらんことを−はこうおっしゃった:「楽園には王や王子たちがいる。アッカの貧者たちは楽園の王、王子たちである。アッカでの一か月は、その他の場所の一千年よりも優れている」。

預言者−神の祝福とその挨拶が彼の上にあらんことを−はこうおっしゃったと伝えられている:「アッカを訪れた者は幸いである。そして、アッカを訪れたものを訪れる者は幸いである。牛の泉から飲み、その水で身を清めた者は幸いである。なぜならば、黒い瞳の乙女たちは楽園の樟脳から飲むからである。それは、牛の泉、サルヴァン(シローム)の泉、ザムザムの泉から来るものである。これらの泉から飲み、その水で身を清めた者は幸いである。なぜならば神は、復活の日に、地獄の火がその者とその身体に触ることを禁じ給うたからである。

預言者−神の祝福とその挨拶が彼の上にあらんことを−はこうおっしゃったと述べられている:「アッカには、義務を超えた行い、有益な行為がある。神はそれらを、お望みになる者には誰でも特別に授け給う。そして、アッカで次のように言う者には、神は一千の善行を書き記し給い、一千の悪行を消し給い、楽園において一千の段階を引き上げ給い、罪を許し給う−『神に栄光と賛美あれ。神の他に神はいまさず、神は最も偉大なり。崇高にして強大なる方、神の他において、力や強さは存在せず』。また、アッカで『神に許しを懇願す』と述べる者には誰でも、神はそのすべての罪を許し給う。またアッカで朝と夕べ、夜中と夜明けに神を記憶する者は、神の目においては、崇高なる方、神の道において剣と槍と武器を持つ者よりも優れている」。

神の使徒−神の祝福とその挨拶が彼の上にあらんことを−はまたこうもおっしゃった:「夕べにその海を見、日没に『神は最も偉大なり』と言う者には、神はその罪を許し給う、たとえそれが砂の山のように積み上げられていても。そして波を四十回数えながら『神は最も偉大なり』と繰り返し言う者には、崇高なる方、神は過去未来の罪を許し給う」。

神の使徒−神の祝福とその挨拶が彼の上にあらんことを−はこうおっしゃった:「夜通しその海を見る者は、ルクンとマカムの間で丸二か月を過ごす者よりも良い。その海岸で育てられる者は、その他のいかなる場所で育てられた者よりも良い。その海岸に横たわる者は、他の場所で立っているようなものである」。

まことに、神の使徒−崇高なる方、神の祝福とその挨拶が彼の上にあらんことを−は真実を語った。