アブドル・バハの霊廟

「聖なる棺はバブの霊廟の東側の入り口近くで平らな場所に置かれ、ハイファ市のイスラムの高僧を含めた、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の代表者九名が、大勢の群衆の前で弔辞を述べた。それが終わると、高等弁務官が霊廟に向かって頭を下げながら棺に近づき、アブドル・バハに最後の表敬を示し、他の政府高官がそれに続いた。それから棺は霊廟の中に移され、バブのご遺体の眠る墓所に隣接する安置所へ、悲しみのうちに、しかし恭しく納められた。」14 (ショーギ・エフェンディ)

「バブの大霊廟の一室にアブドル・バハご自身が埋葬されたことで、その山の神聖さはさらに増した。ハイファ市では初の発電施設が設置され、アゼルバイジャンの監獄では『明かりひとつさえ』与えられなかったとバブご自身が述べられた、その御方の廟を明るい光が満たした。彼(アブドル・バハ)の廟として用いられる部屋に続いて三つの部屋が完成したことで、この建物の最初の区画がアブドル・バハの計画通り完成した。埋葬地を囲む広大な敷地は、聖約の破壊者たちの陰謀にもかかわらず、カルメル山の尾根から山の麓に並んでいるテンプラー・コロニーまで続き・・・これらは、国際的な諸機構のすばらしい成長と信教の世界センターの恒久的な設立を示す最初の一歩と考えることができよう。」15 (ショーギ・エフェンディ)

 

解説:アブドル・バハの葬儀にはバハイ教の信者はいうに及ばず、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の信者たちが1万人ほど出席した。このように大勢の参列者があった葬式はこのパレスチナでは一度もなかった。この葬儀ではイスラム教、ユダヤ教、キリスト教などを代表する9名の代表者が弔辞を述べた。その中にはイスラム教のハイファの法典解説者もいた。この葬儀の最後を締めくくったのは、当時この地域を統括していた英国の高等弁務官でアブトル・バハの棺の側まで歩み寄って深く頭を下げ最後のお別れをした。ハイファ市の高官も同じように深く頭を下げ最後のお別れをした。その後、アブトル・バハの棺はバブの霊廟となりの部屋の地下室に安置された。 アブトル・バハの遺体はバブの霊廟の隣にある。 金色のドームを戴くバブの霊廟は9つの部屋があり、バブの霊廟はその中央の3部屋を使い、アブドル・バハの霊廟も北側の3部屋を使っている。残りの3つの部屋は現在は空調設備などが入っている。アブドル・バハの霊廟は3つの部屋に区切られていて、彼の遺体は中央の部屋の地下室に埋葬されている。両側の部屋は、それぞれ鉄の扉のついた入り口があり、お祈りを上げる部屋である。遺体を埋葬されている部屋は3つの部屋の中央にあり、双方ともガラス張りで中央の部屋の中が見えるようになっている。この中央の部屋の飾りつけは、守護者ショーギ・エフェンディ自身がしたもので、その後も、少しも変更されていない。この霊廟は、恒久的でなく、後日、アブドル・バハの霊廟が出来れば、そこに移される。