国連での活動
世界自然保護基金(WWF)
社会・経済発展計画
大学でのバハイ講座およびバハイ学校
バハイ礼拝堂

国連での活動
バハイ国際共同体は1948年以来、国連NGO(非政府機関)としては最も多くのスタッフを擁する機関として、平和問題、人権問題、経済・社会問題、環境問題などの面で積極的に活動をつづけてきている。現在、ニューヨークとジュネーブの国連内部に事務局を置き、その他の諸都市の国連機関にも代表を送っている。
バハイ国際共同体は、つぎのふたつの機関の諮問機関として意見を述べている。
・経済社会理事会(ECOSOC)
・国連児童基金(UNICEF)
バハイ国際共同体が協同作業関係をもつ国連の専門機関にはつぎのものがある。
・世界保健機構(WHO)
・国連環境計画(UNEP)
・国連人間居住センター
・国連人権センター
・社会開発と人道的問題センター
・軍縮問題と平和研究ユニット局
・国連地域委員会
その他、接触を深めている機関にはつぎのものがある。
・国連教育科学文化機関 ユネスコ
・世界食糧理事会
・国連食糧農業機関

世界自然保護基金(WWF)
バハイ国際共同体は1987年、世界自然保護基金の正式な会員となり、国際的な承認を得た。1988年10月には世界自然保護基金とバハイ国際共同体の共催で、基金集めのパーティーが開催された。このパーティーには総裁のエジンバラ公とバハイ国際共同体の代表ルヒア・ラバニ女史をはじめ、多数の英国の著名人が参加した。また、エリザベス女王から提供された自然に関する絵画の展示があり、その他、一流の芸術家がそれぞれの分野で作品を披露した。

社会・経済発展計画
バハオラが示した方法で社会の発展に寄与する最初の活動は、今世紀初頭のイランで始められた。最初のバハイ学校は1899年に創設され、女学校は1911年に開校した。その後、イラン国内に40あまりの学校が創設され、その教育内容がすぐれていたため、バハイでない子供たちも多数入学した。
現在では、世界中に741のバハイの学校が設立されている。その他、医療、農業、婦人教育、ラジオ局など広い分野での社会・経済発展計画が着実に実施されている。
このような社会・経済発展計画を行うための外部からの資金導入は、1980年を境としてバハイ共同体とカナダ国際開発庁(CIDA)との一連の共同企画ではじめられた。その他、さまざまな機関との共同企画もはじまり、地方政府との協力にはとくに力が入れられてきた。
バハイの方法が成功している理由として、規模の大きさや数ではなく、組織的で質を重んじることがあげられる。また、倫理と実用の調和、融通性をもった適応や、人に動機を与え、それを維持してゆくことも成功の原因といえる。これらの点がバハイの社会・経済発展の特徴といえる。

大学でのバハイ講座およびバハイ学校
1990年、米国のメリーランド州のメリーランド大学では、バハイが正規の講座として承認された。また、インドのいくつかの大学でもバハイが正規の講座として取り上げられている。
世界には数百のバハイの学校が設立されているが、そのうち日本人生徒の在籍数がもっとも多いのは、カナダのヴィクトリア州にあるマックスウェル・インターナショナル・バハイ・スクールである。この学校はカナダのその地方の教育庁より、教育のあらゆる面で史上最高の水準に達した、という高い評価を受けている。その他、トロント近郊のナンシー・キャンベル・スクールも日本人生徒が徐々に増えつつあるバハイの学校である。

バハイ礼拝堂
バハイ礼拝堂は現在、北米のシカゴ、オーストラリアのシドニー、ヨーロッパのドイツ、アフリカのウガンダ、南米のパナマ、太平洋の西サモア、インドのニューデリーに建てられている。これらの建物はすべて九角形で、九つの入口があり、すべての人種、国籍、宗教、文化、信条をもった人たちに開かれている全人類の和合のシンボルである。
将来、礼拝堂のまわりには、学校、図書館、病院、養護施設、老人ホームなど社会福祉施設が設けられる予定になっている。日本ではバハイ礼拝堂用の敷地は東京近郊の八王子に確保されている。