アーマドヘの書簡

アーマドヘの書簡

神こそは全知にして、聡明(そうめい)なる王である。

見よ、永遠の木の小枝に歌う楽園の小夜鳥は聖く、麗しい調べにのせて誠意ある人々に神が近づき給うとの吉報を宣言し、神の唯一性を信ずる人々を寛大なる者の御前に招き、この世のものへの愛着を断った人々に比類なき栄光の王である神により啓示されたメッセージを伝え、愛する人々を神聖の座とこの光り輝く美に導いている。

これこそまことに使者たちがそれぞれの書に予言したかの最大の美に他ならない。この美により真理は誤りと区別され、あらゆる命令の妥当性は試されようまことにこの美こそは高遠にして威力(いりょく)ある、また偉大なる神の果実を結ぶ生命の木である。

おおアーマドよ、まことに神は神であり、比類なき全能者にして加護者であること、また、王なる彼の他に神なきことを証言せよ。そして、神によりこの世に遣わされたアリという名の者(聖なるバブ)は、我らが皆その命に従うところの、神の真の使者であることを証言せよ。

言挙げよ。おお人々よ、栄光ある賢き者がバヤンの書に命ぜられた神の掟に服従せよ。バブこそは使者たちの中の王であり、彼の書は母なる書である。汝、まことにこのことを知り得たならば。

このように小夜鳥(さよどり)はこの牢獄よりあなたがたに呼びかける。小夜鳥(さよどり)はただひたすらにこの明白なメッセージを伝えることに努めるのみである。この忠告に顔をそむけたいと欲する者はそむけるがよい。望む者は主の道に入ることを選ぶがよい。

おお人々よ、もしこれらの聖句を否定するなら、一体どのような証拠をもとに神を信じて来たのか。その証拠を示してみよ、おお不実なる人々の群れよ。

否、私の魂をその御手に持ち給う御方にかけて言う。このような不実なる人々がその証明を示すことは、たとえ彼らが寄り集まり、力を合せても断じて不可能である。

おおア-マドよ、私のいない時でも私の恵沢(けいたく)を忘れず、私の過ごした日々と、この辺境の牢獄での私の苦難と追放とを、日頃記憶せよ。そしてたとえあなたの上に敵の剣が雨と降り注ぎ、天地が共にあなたに歯向かっても決してたじろぐことのないほどに私の愛に確固としたものであれ。

そして、私の敵に対しては燃える炎のごとく、私の愛するものには永遠の生命の川のごとくなり、疑う者となってはならない。

また、あなたがもし私の道において苦難に陥り、あるいは私のために辱めを受けても、それを思いわずらうことはない。

あなたの神であり、あなたの祖先の主である神に頼りなさい。ぜなら人々は迷いの道にさまよい、自らの目で神を見、自らの耳で神の調べを聴く力を失っているからである。私は世の人々がこの状態にあることを見出し、あなたもそれを証言するであろう。

こうして彼らの迷信は、彼らと彼ら自身の真心との間をさえぎる暗幕となり、高遠にして偉大なる神の道から彼らを遠ざけたのである。

まことに、この美に顔をそむける者は過去の使者たちに顔をそむけ、かつ、神に対し永遠のいにしえより永劫(えいごう)の未来にわたって慢心を示すものであることを深く認識せよ。

おおアーマドよ、この書簡を暗記し、日々それを唱えよ。このことを怠るな。まことに神はこの書簡を唱える者に百人の殉教者の報いと、現世と来世にわたる奉仕を定められた。これらの恩恵は私の方からの恵沢として、また私のもとからの慈悲としてあなたに与えられた。それによりあなたが感謝する者らの中に数えられんことを願う。

苦難と憂愁(ゆうしゅう)に悩む者がこの書簡を真心こめて唱えるならば、神がその悲しみをぬぐい去り、困難を解決し、苦境を取り除き給うことを神かけて誓う。まことに神は慈悲深く、哀れみ深き御方である。あらゆる世界の主に在す神に讃美あれ。

バハオラ