守護者からの書簡

バハオラは、ご自身なき後のバハイ共同体をまとめ、教えを解釈し、体系化していくために、アブドル・バハを「聖約の中心」そして教えの「解釈者」となさいましたが、この機能は、守護者制度という形で引き継がれます。守護者は、「聖約の中心」という名称は呼ばれませんが、事実上、バハオラの聖約を守る役割があります。また、バハオラ、そしてアブドル・バハの教え・言葉を解釈するという機能も受け継いでいます。この守護者制度はバハオラご自身の教えであり、アブドル・バハは、自身亡き後の最初の守護者としてショーギ・エフェンデイを「アブドルバハの遺訓」で任命されました。ショーギ・エフェンデイは、アブドルバハの長孫であり、つまりバハオラの長曾孫にあたります。

守護者としてのショーギ・エフェンデイは、西洋で教育を受け(アメリカン大学ベイルート校、オックスフォード大学)、ペルシャ語とアラビア語の他に、英語とフランス語にも長け、東洋だけでなく、西洋の信者たちとも頻繁に通信をなさいました。信者たちの問いに答え、彼らを励まし、バハイ行政機構発足後には諸機構とも通信を保ち、何万通と言われる書簡・手紙を著されました。その大部分が英語ですが、ここで掲載するのは、その主要なものです。

守護者の書簡等は「聖典」に入りませんが、その言葉の妥当性はアブドル・バハと同様、バハイの教えを正式に体現するものとして扱われます。

一部は、書籍の形で出されていますが、厳密に言えば、守護者が「本」として書かれたものは「神よぎり給う」というバハイの歴史最初の100年を綴った歴史書のみで、他はすべて書簡・手紙です。それらの一部をテーマごとに集めて、「書籍」という形で発行したものもある、ということです。

(注:守護者はバハオラの直系の子孫またはその親族の筋から、適切な人物がいれば守護者が次の後継者を任命するように定められていましたが、ショーギ・エフェンデイの後を引き継ぐ適切な人物は現れず、守護者は彼をして最初で最後になってしまいました。しかし、ショーギ・エフェンデイの残した書簡は膨大で、かつ、バハオラの教えを現代に適用させたという意味で非常に貴重で、その導きは現在もまたこれからも長く耳を傾けられるので、守護者の制度は、その意味で生き続けていると言えるでしょう)