バハオラの教え

バハイが目指していることは、人類の和合です。バハイの教えの中で、私達は一つの木の果実、一つの枝の葉であると教えられています。姿や感情は違っていても、才能や能力は違っていても、私達のルーツは皆同じです。人類という同じ種族に属しています。

人類は広大な庭に例えられます。そこでは形や色や香の違う花が、肩を寄せ合って咲いています。 多様性こそが庭の魅力であり美しさなのです。

だが悲しいことに、多くの戦争や国内の紛争が起こり、人々は敵意と無知と偏見と我欲に取り付かれています。バハオラは、この時代は人類はひとつという教えに沿って考え、行動することが求められると教えています。

人類の大教育者は出現当時の社会の要求に応じた教えや原則をもたらします。バハオラは江戸時代の末期に、新しい時代の人間社会に必要な教えを百冊以上の本であらわしました。それは人間生活のあらゆる面にわたる膨大なものですが、それを12の条項にわけて簡潔に説明するとつぎのようになります。

1.人間はすべてひとつの地球家族に属すること

創造主の眼からみれば、人間はすべて兄弟であり、平等である。もともと人間の本質には何の差異もない。この新しい時代に生きるすべての人びとは、憎しみや争いの原因となる偏見や迷信や慣習の障壁を超えて、ひと つの人間家族として和合され、その基礎の上にあらゆる人間活動がおこなわなければならない。

人間は皆、ひとつの木の果実、ひとつの枝の葉、ひとつの庭園の花である」(落穂集、p.218)

誇りは自国のみを愛する者にあるのではなく、全世界を愛する者にある」(落穂集、p.95)

2.真理を自分の力で探すこと

人は自分の力で真理を探究しなければならない。古い習慣や伝統を盲目的に守るだけでは、いつまでたっても社会に進歩をもたらすことはできな い。真理を探究するときには、先入観を完全に捨てることが必要である。 自分の考えや信念と矛盾するからといった、すぐに拒絶せず、公平な判断力と知力を駆使して真偽をたしかめるべきである。

その(正義)の助けにより、他人の眼でなく自分の眼で見、隣人の理解力でなく、自分の理解力で知りなさい……」(かくされたる言葉、 p.4)

3.世界平和の達成

政治的な条約によって国と国との力の平衡を保つというような平和は不安定なものであり、真の平和ではない。すべての人びとが心の底から平和を望み、その基礎の上に強固な平和への秩序が築かれてこそはじめて、真の世界平和が生まれるのである。

人類の安寧と、平和と安全は、人類の和合がしっかりと確立されないうちは、達成できない」(落穂集、p.285)

4.あらゆる種類の偏見の排除

人種、宗教、階級、習慣などに対する偏見はすべて、人間相互の理解と協力をさまたげる大きな障害であり、また憎しみや不信の原因となっている。各人が自分のなかの偏見を取り除くように努力しなければならない。 偏見に歪んだ眼では、ものの真実をとらえ、ものごとを正しく理解することはできない。

したがって、われわれが真摯に真理を探究しようとするならば、われわれ自身の偏見や迷信を捨てることが絶対に必要である。……どのランプで 輝こうとも光はよいものである。バラの花はどの花園に咲いてもうつくしい。星は東方で光っても西方で光っても同じ輝きをもつ」(パリでの講話 集、p.136‐137)

5.男女は平等の機会、権利、人権をもつ

男性と女性は鳥の両翼にたとえられる。鳥は片方の翼だけでは飛べない。 また、どちらかの翼が強くても、弱くてもその鳥はまっすぐに飛ぶことはできない。両方の翼が同じように健全であってこそ、鳥は高く飛翔することができるのである。人間も同じように、男女双方に平等の機会、権利、 人権が認められているときのみ有意義な生活ができ、文明が花開くのであ る。

もし母親に教育があれば、子供たちも良い教育を受けるであろう。母親 が賢明であれば、子供たちも英知の道に導かれるであろう。……したがっ て、未来の世代は現代の母親の双肩にかかっていることは明らかである」 (パリでの講話集、p.162)

6.世界のあらゆる国での義務教育の普及

教育はあらゆる人間活動の基礎となるものである。教育がなければ、真理を自分で探究することも、また新しい時代に生きるために必要な知識を身につけることもできない。ダイアモンドも原石のままでは、美しい光を 発することはできない。それをていねいに、しかも正しくみがきあげてこそ、光を十分に反射して輝くのである。同じように、人間も愛情をもって正しくみがかれることにより、その能力を発揮し、立派な性格を身につけることができるのである。

知識は生命のつばさのようであり、上昇へのはしごにもたとえられる。 知識を修得することは、すべての人の義務である。……知識は人間の真の 宝であり、栄誉、恩恵、喜び、高揚、激励、快活さの源泉である」(バハオラの書簡、p.52)

7.科学と宗教の調和

宗教は科学や理性と一致するものでなければならない。宗教が科学に反すれば、それは単なる迷信にすぎなくなる。宗教は真理を教えるもので、 宇宙の法則にそったものである。したがって、自然の法則の発見を使命とする科学やその基となる人間の理性と宗教とは当然調和すべきである。宗教は科学によって迷信におちいることからまぬかれ、科学は、宗教によっ て正しく活用され、社会に役立つものとなる。

宗教が迷信、因習、知性に反する愚鈍な教義をはぎとり、科学と一致することを示すならば、この世界に和合と清浄の偉大な力が生まれ、あらゆる戦争、不一致、不和と闘争は一掃され、人類は真の愛の力で和合されるであろう」(バハオラと新時代、p.214)

8.極端な貧富の差の排除

富める人と貧しい人の間にある極端な差は、激しい苦しみの原因であり、世界の安定をゆるがし、戦争の危機にさらすものである。今まで、この状態を効果的に改善できた社会はほとんどなかった。解決には、精神的、道徳的、実務的な各方面からのアプローチが必要である。しかし、根本的には精神的な問題であり、富める人が、苦しんでいる人びとに思いを寄せ、 あわれみ深い知性に目覚めることを要する。

他人の労働によって大財産を作りあげることは、将来不可能になるであろう。富裕者は喜んで分かち合うようになろう。それは戦争や流血によってそうなるのではなく、徐々に自らの意志によりそうなるのである」(バハオラと新時代、p.152)

9.世界裁判所の設立

平和な世界秩序を維持するためには、その秩序を乱すものからの保障が欠かすことのできない条件となる。国際社会が完全に確立されず、また国際的な秩序を統制する機関も設立されていなかった時代には、国家間の紛 争は直接武力に訴えることがしばしばあった。しかし、真の世界平和確立のためには、秩序を破壊するものに対して、法的制裁を加えることのできる権威ある国際裁判所の設置がぜひとも必要となる。

ある政府が規約のひとつでも破るならば、地上の他の政府は一斉に立ち上がり、その政府を屈伏させなければならない。……(そうすれば)世界は確実に回復し、永遠に安全に保障された状態を保つであろう」(世界平和の確証、p.33‐34)

10.国際補助語の採用

ことばは、人と人の心をつなぐ手段である。ことばが通じなければ、意志の疎通も十分にできず、誤解をまねく原因となりかねない。そこで、母国語のほかに、世界共通の国際補助語が採用され、全世界で用いられるべ きである。

世界のすべての人びとが、世界共通語と共通文字を採用する時が近づいている。これが達成できればどこへ旅行しても自分の故郷に行くように思えるであろう」(バハイの啓示、p.76)

11.自国の政府に従うこと

バハオラは暴政と圧政を断固として禁じた。しかし、一方において、国民は自国の政府の法律を尊重して、それに従わなければならないとした。国民の生活状態を改善するためには、暴力による革命ではなく、教育と良 い模範によらなければならない。

どの国であっても、この共同体のメンバー(バハイ)が居住するところでは、彼らは政府に忠誠を誓い、つねに真実を語り、その定めに従わなければならない」(バハオラと新時代、p.147)

12.宗教は世界の人びとを和合させるためにある

宗教は人と人とを結びつけるものでなくてはならない。人びとが和合し、友情をもって暮らすことが宗教の目的である。もし、宗教が争いや分裂のもとになるならば、そのような宗教はない方がよいのである。

神の宗教を活気づける基本的な目的は、人類の利益を守り、その和合を推進し、人びとの間に愛と友情の精神をはぐくむことである。宗教を争いや憎しみや敵意の原因となしてはならない」(落穂集、p.214)